2009年6月13日 (土)

卒業、そして東京

4167_201473350106_614170106_6939290仕事のドタバタで全く更新できていなかったが、ついにWhartonを卒業した。例の四角い帽子をかぶって憧れのMBA卒業の日を迎え、今までの苦労を思い出した。思えば仕事に悩んだ23,24の頃からおぼろげに考え出し、英語の勉強を始めてから苦節10年。その間転職や駐在を挟み色々あったが、この10年間ずっと目指していたものを達成し、ほっとした。と同時に、この体験を元にまた次の高い目標に向かってまた頑張れると思う。4321_82384612140_577597140_1690863_

僕にとってはWhartonの卒業はMBA留学の終了という意味だけでなく、2年間の駐在期間を含め4年に渡ったアメリカ生活の終了を意味する。思い出せば2005年の夏、カリフォルニアでSocial Security Number取得に苦労したり、車の運転に苦労した事も懐かしい。アメリカで素晴らしい出会いや経験もしたが、同時に多くの苦労もした。アメリカの問題点を目の当たりにすると共に、これまで分からなかった日本の問題点や課題もアメリカ視点で考える事ができた。そして、この4年で日本に対する愛国心がとても強くなったように思う。

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帰国してから三井物産や富士通の先輩方や友人達に帰国のご報告をし、そして昨日大親友達が開いてくれた歓迎会に参加して馬鹿騒ぎをし、心の底から語り合ったりわかりあったり出来る友達と久々に話をして帰国した事を実感。そしてこの親友たちに感謝。Dave竹内さんのブログを読んで大きく共感したが、どんなに楽しいアメリカ生活でも、どこかしらやはり無理していたり、気疲れしていたりしたんだなという事。特にWhartonに留学してからは気づかれしてたと思う。日本に帰ってきて、本当に心からほっとしている。しばらくは腰をすえて日本で頑張りたいと思う。アメリカはしばらく出張ベースで楽しむとしよう。

4894_123790528992_518618992_2790532これまで僕のMBA受験を応援してくれた友人、先輩方、予備校の先生、レコメンを書いてくれた上司の方々、多くの人に心から感謝したい。そして今後同じような挑戦をする人がいたら、僕も先輩方にしていただいたように出来る限り応援させていただきたいと思う。そして多くの志し高き日本人が、あの贅沢な時間、感動を得られるよう微力ながら尽力したいと思う。

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2009年5月31日 (日)

ペルー旅行その3:クスコその他

マチュピチュの後はクスコにあるその他観光名所を再びバスで見学。なんだかひたすらマーケットに連れて行かれた気もするが、景色は素晴らしくて楽しめた。またアメリカに住むことがあれば、ペルーをはじめとする南米を是非旅してみたいと思った。

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2009年5月26日 (火)

ペルー旅行その2:クスコとマチュピチュ

N626453273_2563032_7725301_2N626453273_2563029_13467744249_114007033992_518618992_26323_2その後ついにクスコに移動。高山病を恐れた僕たちは大人?の行動で到着した午後のツアーをキャンセルし、ホテルにこもって二人してPSPをしまくる。ちなみに空気は相当薄くて驚いた。クスコはリマとはかなり雰囲気が違い、インカの香りが漂う。ホテルは結構ナイスなところだった。広場には教会が立ち並び、ペルーの人も皆敬虔なクリスチャンだった。しかしインカの時代に立てられた建造物の土台以外は全て破壊され、その上に作られたスペイン調の教会を見るにつけ、この国の悲しい歴史を認識させられた。

N626453273_2563034_3609642翌日またしても早起きでマチュピチュへ向かう高山鉄道。これは片道3時間かかる。そして朝は相当寒く、帰りの午後の列車は相当暑い。冷暖房を完備した電車は無いのか?帰りの社内では駅員によるファッションショーが行われ、そしてアルパカ製の服を販売という流れ。ついにマチュピチュに到着し、入り口で写真を撮る。この段階ではこの後いきなり凄い景色が見えるとは知らず、かなり驚いた。写真の数々をご覧あれ。あまり芸術には興味ない僕だが、石だけでここまでの建造物を作った事に対して凄いと思ったし、石を見て美しいと思ってしまった。

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4249_114009478992_518618992_26324_2 N626453273_2563045_2944936_2 4249_114008353992_518618992_26323_2 4249_114010883992_518618992_2632520 4249_114007963992_518618992_26323_24249_114007973992_518618992_26323_2 4249_114008353992_518618992_2632390

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ペルー旅行その1:リマとナスカ

4535_97340143273_626453273_2562977_ペルー旅行について、随分遅くなったが振り返る。とても美しい景色に感動すると同時に、インカの歴史、スペインの侵略とキリスト教についてとても考えさせられたTripだった。また、日本はGWだった事もあって、日本人の観光客も大勢みたが、よくもまあ日本から来るなとその気合に敬礼。ペルー旅行は現地での移動も相当激しいので、アメリカにいる時に行っていて良かったとしみじみ思った。例えば、我々のように最後にクスコに行った場合、クスコからリマに移動し、そのまま夜行便で7時間でアメリカに戻る所を、日本から来た人はリマからヒューストンまで夜行便、そしてヒューストンから成田まで10時間以上かけて戻る事になる。。

4249_114005238992_518618992_26322_24535_97340118273_626453273_2562973_4249_114006053992_518618992_26323_24535_97340128273_626453273_2562974_ まず初日は午後発の便で首都リマに夜着。翌日も一日リマ観光をした。南米は初めてだったので楽しんだ が、思った以上にスペイン調だった。食用ネズミが屋台でうってたがとても食う気になれず。

4249_114006563992_518618992_26323_24249_114006568992_518618992_2632365また、海沿いのショッピングモール謎のブチューをしている男女の巨大像があった。。

4249_114007003992_518618992_2632371N626453273_2562983_61741284249_114007013992_518618992_26323734249_114006588992_518618992_2632368そしてナスカへ。なんとナスカの地上絵を見るには、リマから片道6時間、往復 12時間ドライブする必要がある。これはマジで遠すぎ。僕らはバンを借り切っていたので横になれたが、普通のセダンだった人はかなり厳しかったはず。道中にはフジモリ大統領の娘のKeikoを支持する看板が目に付いた。

N626453273_2562993_4075643そして到着後ついにセスナで地上絵を見る。通常40分かけて地上絵の半分をみるのだが、僕は何故か倍の1時間20分のコースに割り当てられたのだが、途中であまりの飛行機酔いで気絶。。セスナには二度と乗らないと思った。後半半分は記憶なし。僕の様子を見てパイロットが半分で戻ろうかと提案したのだが、他の二人の乗客であるアメリカ人の老夫婦が絶対見たいといいだし(薄れゆく記憶の中でマジで切れた)、結局最後まで付き合わされた。別にだからではないが、一説によると世界三大ガッカリといわれるだけあって、地上絵はそこまで凄いものではなかった。そもそも小さいし、間違いなく宇宙人とは交信できないはず。。

4535_97343528273_626453273_2563026_ そしてその後遅い昼食をとり、帰りの6時間ドライブへ。朝6時に出発して、戻ったのは夜10時、一日のほとんどを車で過ごしたという凄い一日だった。

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二年生を送る会

既に大分前だが、一年生の皆さんに二年生を送るCimg9358_2会を実施してもらった。深謝。Cimg9363

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2009年5月16日 (土)

Final Friday

4月24日に行われたFinal Fridayの写真です。久々にCohortのメンバー毎に学校に集合し、二年間の思い出を語る、的な会合。全員参加するかと思ったが参加者は60%程度。皆この時期は旅行、そして今年は特に引き続き就職活動をしている人も多いはず。Cohort Tシャツを着てくるのを忘れて浮いてしまっている何人かのひとりとなった。4246_98879010085_658610085_3071159_4246_98881235085_658610085_3071208_

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2009年4月30日 (木)

卒業旅行その4:Peru

無事にAccounting のTake home examも提出し、いよいよあとはIndependent Studyのレポート作成のみとなった。明日からいよいよPeruに最後の卒業旅行に出かけます。マチュピチュには、GMAT塾マイスターで出会った親友たちとも、一度行きたいねという話を昔してたのを思い出す。いやーあれから長かったが漸く行ける事になって最高。今回は残念ながらOsamuさんの試験のスケジュールとかみ合わず、Yumaとの二人旅。楽しみです。

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2009年4月25日 (土)

5月19日から働ける幸せ

前にも書いたが、僕はWhartonのgraduation celemonyのある5月18日の夜にBostonに移動し、5月19日から始まるAnnual Meetingへの参加を最初としてGlobespan Capitalでの勤務を開始する。最初は卒業後しばらくのんびりして、ブラジルとかヨーロッパとか、アフリカとかエジプトとか、とにかく世界中を色々旅行してみたかったので、5/19という開始日を聞いて残念だったし、ちょっとどん引きしたが笑、現在のマーケットの環境、そして周りの学生の状況をみて、それは非常に贅沢な悩みというしかない。周りにはオファーが無い人、あっても2010年1月~勤務開始といわれている人、さらには最近は投資銀行でなんと卒業後約1年後!から勤務開始と言われている人がいるようだ。しかもそれらの人達の中には、コンサルや投資銀行を元々希望してなかったが、このマーケットの状況下選択肢なく決めたと言う人が少なくない。まったくやってられない状況である。

そんな中、僕は本当に幸運にも、ベンチャーキャピタル投資の真似事のような仕事を日本の事業会社で始めた2000年頃からの長らくの目標であった米国のベンチャーファンド勤務をすることができ、本当にラッキーであることを実感すると同時に、これまで助けてくれた周りの人への感謝の気持ちでいっぱい。ちなみにこれはまさにMBAのエッセイでshort term goalとして書いたものの実現だ。唯一自分がしたことで功を奏したかもと言う事といえば、とにかくベンチャーキャピタルの仕事にしがみついたこと。富士通でその仕事ができなくなれば三井物産にその仕事を見つけ転職し、その後三井物産のシリコンバレーの投資拠点の設立に参加し異動。そこでやはり米系ファンドで働きたいという思いを強くし、そしてその為にMBAくらい持っておくかと思い退職して留学(ちなみに、僕は一度もMBAの会社派遣制度というものに応募した事(できた事、というのも含め笑)がない。理由は留学したら間違いなくベンチャーキャピタルへの就職を狙うと自分で分かっていたから。)、留学中もアントレ、ベンチャーキャピタルにフォーカスした。振り返ればなんだかんだで9年ほどこれしかやってない。その間マーケットの浮き沈みはあったが常にこの業界に固執してきたのは良かったと思う。そして今マーケットは一番の底といえる厳しい状態だが、頑張るしかない。むしろ5/19スタート、more than welcomeという感じで楽しみである。

ちなみに時代を象徴するニュースとして、富士通時代に出向していたWalden InternationalのFounder & ChairmanのLip-Bu TanがCadenceの社長に就任するようだ。当時は飛ぶ鳥を落とす勢いの巨大VCだったが、あまりに通信、半導体の投資先が多すぎたせいか、テレコムバブルでかなりダメージを受け、そして今回の不況でとどめとなったかもしれない。噂では、Waldenの仕事からCadenceの社長業に本業をシフトするのではとのこと。彼には富士通を辞めた後、物産に移ってからも何度かお会いしお世話になった。偉い人なのに尊大な所がない人だった。仕事は変わるとはいえ、以前大企業の社長を務めるわけで、是非今後も頑張ってほしい。

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2009年4月20日 (月)

Japanese Karate at Japan Night

4/17に行われたJapan NightでのOsamu-san、Nobuの空手動画。無事全ての板とバットが割れて素晴らしい展開。相当ウケる。MCは日本人初のWhartonの生徒会長のShockyou君。僕は板持ち+レフリーを担当。

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MBA volleyball tournament at Wharton

3003_614485479017_608127_37317875_2 4/11にWhartonで行われたBusiness School対抗バレーボール大会に出場。入学後勉強ばかりで運動を全くしていなかったので、一ヶ月くらい前からWhartonの練習に週一回参加して楽しく運動。既に34歳、全然ジャンプ力が戻らないままとなったが、昔とった杵柄で差別化。チームメートはロシア人のGeorge(34歳)とブラジル人のGuil(32歳)、そしてWharton Japan Club会長のTomさん(37歳)+セッターをする女性二人という布陣で参加チーム中最高齢。本番の試合では初戦のColumbia戦では僕のスパイク決定率も高く、無事勝つことができたが、三試合目となったCarnegie Mellon (Tepper)戦では僕を含め全員、高齢のせいか次第に動きが悪くなり、フルセットに持ち込まれ逆転負け。一日4試合は辛い体になっていた事を再認識。その後MBA内で最強といわれるChicagoとの決勝戦に臨み、一泡吹かせることはできなかった。(結局Chicagoも最後は最も若いメンバーで組んだTepperに逆手負けし、優勝できず。)個人的にも、ここまで飛べなくなっているということに衝撃をうけるも、久々に運動できて面白かった。また、このレベルだと僕のスパイクサーブが相当通用してウケた。編集に相当時間をかけた動画が上記。

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